東アジアにおける陸圏の自然環境の現状と持続的利用への課題


-陸圏の自然環境を対象とする環境変動過程研究グループの目指すところ-
東京情報大学総合情報学部環境情報学科
原慶太郎

東アジアは、大陸東部とそれに沿った列島弧からなっており、その地理的特徴による多様な自然環境と古くからの文明の興隆による人為の影響によって、変化に富んだ景観が成立している。東アジアの植生の特徴は、南回帰線付近の熱帯から北緯60度以上の寒帯まで湿潤な気候と肥沃な土壌が連続し、潜在的な生態系として森林が連続することにあり(中静,1998)、世界でもっとも生物多様性が高いといわれる東南アジアの熱帯多雨林から、亜寒帯のタイガに至るまで森林域が連続して分布している(図1)。一方で、世界四大文明の黄河文明及び長江文明の発祥地でもある当地では、歴史的年代にわたって人為の影響が及び、さらに近年の急激な経済発展によって、自然環境が大きく変貌しつつある。  陸圏グループでは、東アジアの各植生域を専門とする国内外の研究者を迎え、本学が2001年より受信を続けているMODISデータをはじめとするリモートセンシング技術を駆使して、当該地域の自然資源を生み出す基盤である陸上植生の現況を明らかにし、植生に対する人為の影響とそれによる退行状況を明らかにし、当該地域の持続的な自然資源の利用の方途を探る。


自然環境をとらえる環境軸



東アジアは、南回帰線付近の熱帯地域から北極圏までの南から北への環境経度があり、一方、海岸域から世界の屋根と呼ばれる8000 m級のヒマラヤ山脈までの標高差がある。さらに、モンスーン域の気候的特徴と沿岸を流れる海流の影響などによって、沿岸域では多湿、内陸域では乾燥という乾湿の経度がある(図2)。前二者は、植生に影響を及ぼす環境要因としては「温度」、後者は「湿度」という環境軸で代表されるが、一方で、氷期を経て現在に至るまでの地史的年代を考慮にいれると、生物地理的な観点からの把握が必要となる。

人為という環境軸



 東アジアは前述のとおり、文明の発祥からの歴史的年代を経て現在に至っており、上記の潜在的な植生配列は人間の影響の及ばない地域に限られ、ほとんどの地域では人為の影響によって偏向した植生や農地などの土地利用として成立している。この地域は複雑な自然環境や、歴史的・地政学的な背景などを反映して、それぞれの地域に多様な民族が暮らしており、潜在的な植生に農業や牧畜業などが営まれる過程で、さらに国家の体制による農林牧畜業の形態などによって、それらが反映した形で特徴ある景観が形成されている。これらを統一的にとらえるには、先の環境軸に人為の影響という軸を加え(図3)、沼田眞の人間-環境系の考えを取り入れ、特に自然に対する人間の関わり合いという文化的な側面を重視し、当該地域の景観をMNC(人間-自然/文化)システムとして理解するアプローチをとる。

マルチスケールアプローチ_



 植生及び土地被覆(土地利用)の現況把握のために、MODISデータを用いた解析手法を確立する。植生に関しては、メンバーによる既存の研究成果を踏まえ、参考となる気象データなどを基にして、東アジアにおける精確な植生図/土地被覆図を作成する。それぞれの植生帯における人為の影響をさらに詳細に解析するために、より分解能が高い衛星リモートセンシングデータや空中写真などを用いて、マルチスケールでの解析を進める(図4)。さらに、現地の植生調査や集落における聞き取り調査なども加え、それぞれの地域でのMNCシステムの時空間構造を明らかにする。

景観変遷系列



 全く人為の影響を受けない条件下では、その土地に特有の気候的極相(climatic climax)の植生が成立する。人為の影響によって植生が代償植生に変わり、さらに開発によって農林業地域や村落や都市が成立する。これらの変遷を景観変遷系列(landscape transformation sere (sequence): LTS)と呼ぶことにし、気候帯ごとに極相植生からの変遷過程(LTS)を、既存の研究成果や現地の調査から明らかにし、MODISデータをはじめとするリモートセンシングデータによって、現況の植生や土地利用がその系列のどの段階にあるのかを示すことを当座の目的とする(図5、6)。

持続的な東アジア



 それらの研究過程で、潜在的な極相植生と人為による偏向過程を明らかにし、その土地に合った持続的な土地利用の在り方を検討する。ほかの研究グループとも連携を密にし、その土地の土壌や気候に即した潜在的な生産性を明らかにし、それに合った自然立地的土地利用としての農林牧畜業の方途を示す。その際、集約的な農業が可能な地域とそれが困難である地域を区分し、後者においては多様な民族からなる多様な文化的背景を重視し、地域固有の伝統的な知識(indigenous/traditional knowledge: IK/TK)の再評価を行ない、21世紀という時代に合った持続的な東アジア(Sustainable East Asia)の在り方を提案することが最終目的となろう。

図1

図2

図3

図4

図5

図6




メンバー
原慶太郎 東京情報大学総合情報学部環境情報学科
ケビン・ショート 東京情報大学総合情報学部環境情報学科
富田瑞樹 東京情報大学総合情報学部環境情報学科
下嶋 聖 東京情報大学総合情報学部環境情報学科
原田一平 東京情報大学総合情報学部環境情報学科
中村幸人 東京農業大学地域環境科学部森林総合科学科
島田沢彦 東京農業大学地域環境科学部森林総合科学科
武生雅明 東京農業大学地域環境科学部生産環境工学科
原 正利 千葉県立中央博物館環境研究部環境科学研究科
平吹喜彦 東北学院大学教養学部地域構想学科
藤原道郎 兵庫県立大学自然・環境科学研究所
Pavel Krestov ロシア科学アカデミー極東支部生物・土木研究所(ロシア)
達 良俊 華東師範大学(中国)
楊 永川 重慶大学(中国)
Cindy Q. Tang 雲南大学(中国)