東アジアの多様な「伝統的な暮らし」を繋いで、持続可能性を考える


東アジアの多様な「伝統的な暮らし」を繋いで、持続可能性を考える
陸圏グループ 東北学院大学 平吹喜彦


持続可能な未来


"Think Globally, Act Locally" というスローガンが、1992年の国連環境開発会議(リオ・サミット)で提唱されてから、はや17年が過ぎた。この間、人類社会ではグローバル化が進み、情報や資源、商品、マネー、人の流れが驚くほど速く、そして奔放となり、さらにそのこととも連動して戦乱や経済破綻、感染症、地球温暖化のうねりが激しさを増しているように思える。私たちを照らし始めた「持続可能な未来」への希望は、「環境の世紀」が始まってから10年あまりで、輝きを失い、暗雲の中に消え去ってしまうのだろうか?

 東京情報大学が2008年度から開始した「アジア東岸域の環境圏とそれに依存する経済・社会圏の持続的発展のための総合研究」は、『CROSSROADS 第22号』で原(2009)も触れているように、(1)環境・経済・社会という広範な学術領域を横断する学際性、(2)MODISに代表される衛星データの活用による、「時代と国境を越えた実在空間」の可視化、(3)インターネットを介した、万民に向けた質の高い地域情報の提供、をめざすユニークで、かつ野心的なプロジェクトである。そして、「持続可能な未来の構築に向けた学術の寄与」に対する強い使命感が、プロジェクトを推進する力の一つになっているように感じられる。


伝統的な集落景観


 「伝統的な集落景観」とは、「自然環境と調和し、永く維持されてきた地域のすがた」を意味し、そこには日本の里山(里山・里地)に象徴されるように、自給自足型・資源循環型の経済システム、相互扶助と地域文化を大切にする社会、多様な野生動植物、安全な食料といった多彩なしくみ、機能、生き物が集積している。そしておそらく、この伝統的な集落景観を支えてきた基盤は、「持続を可能にする思想や生活の知恵・技法」を伝承し続けてきた「家族」であったに違いない。したがって、「伝統的な集落景観」に学びながら、「持続可能な未来」に向けたシナリオや将来像を描こうとするならば、まず「家族」の日常生活が展開され、その歴史が蓄積されてきた「暮らし空間」(施設や設備、庭園、庭畑、屋敷林などが配された屋敷およびその近傍; 平吹ほか、2009)のあり方を探求し、「見える化」するアプローチが不可欠となる。


「暮らし空間」を読み解く


 図1 は、岩手県胆沢扇状地に残存する伝統的な集落景観である(三浦修氏撮影)。「鳥の眼」でこの地域を俯瞰すると、あたかも「内海に浮かぶ緑の小島群」のような、「水田をマトリクスとし、木立の付随する農家屋敷がパッチ状に散在する景観構造」(三浦・竹原、2002)を目の当たりにすることができる。この「伝統的な集落景観」の中から、典型的な一軒の農家(起源は江戸時代に遡る)を抽出し、「暮らし空間」の実態を見取り図に表した(図2; 平吹・福田、2007)。このほか現地調査では、居住する家族の方々から家屋や水利施設、樹木、土地利用にかかわる機能や管理手法、歴史的変遷、そして地域の自然環境について聞き取った。

 季節を追った日常生活の動線、自然環境の変遷に照らして図2を仔細に検討すると、家屋(母屋や納屋、長屋門、蔵、厩など)や祠、貯水池、水路の配置、あるいは土地利用(屋敷林、庭園、畑地など)パターンが、微地形や気候、方位、さらには水や食料、燃料、肥料がたどるべき道筋を熟考した上で、合理的に導き出されている実体を読み解くことができる。屋敷林を構成する樹木を例にとれば、(1)ブナやトチノキ、ケヤキ、アカシデといった落葉広葉樹・郷土種、(2)スギやサワラといった常緑針葉樹・植栽種、(3)モミやユズリハ、ヤブツバキといった暖地性常緑樹・植栽種、(4)モウソウチク、(5)カキノキやクリといった果樹、(6)カエデ類やツツジ類といった庭木が、それぞれの特徴を発揮しうる役割(気候緩和、用材・農業資材・食料の生産、信仰・格式の象徴、景観創出など)を担って、「暮らし空間」内に見事に配置されていた。また、屋敷北部のスギ植林内には、周囲の耕作地では遙か昔に消失してしまったカタクリやキクザキイチゲ、ミヤマカタバミ、キバナイカリソウといった草本種や自生の鳥散布型低木・亜高木種が豊富に生育していた。

東アジアの「伝統的な暮らし」を繋ぐ


 宮城県仙台市や富山県砺波市、島根県出雲市、さらにはカンボジア王国シェムリアプ、中華人民共和国西双版納の「伝統的な集落景観」調査によって、(1)「暮らし空間」には「地域の自然環境特性を見極め、自給自足と資源循環を大切にする暮らしを追求してきた先人の知恵や技法」、すなわち「より多くの生態系サービスを享受するための合理的で、持続可能な生活支援システム」が重層的に組み込まれており、それゆえ(2)収斂した様式・相観を有するに至った「暮らし空間」の集合体として、「地域を特徴づける集落景観」が創出・維持されてきたこと、が明らかになりつつある(図3)。  今回のプロジェクトでは、国内外の多彩な専門家と協働しながら、「地域の自然環境と人間活動のかかわり」を宇宙と地上の双方向からとらえ、互いの発見をすり合わせる営みが展開される。東アジアを縦断するスケールで「伝統的な集落景観・暮らし空間」をマッピングし、「日常生活の中にある持続を可能にする原理やしくみ」を描き出すこと、そして地域に成果をフィードバックし、「気づき」を誘発する環境学習(ESD)活動に挑戦してゆきたい。


図1 岩手県胆沢扇状地に残存する伝統的な散居集落景観(1994年5月三浦修氏撮影).

図2 散居集落景観の基盤要素である「暮らし空間」の模式図. 図中央の詳細見取り図で, 樹冠投影については, 屋敷内とそれに近接する樹高1.2mを越える生木についてのみ描写した(平吹・福田(2007)より引用).

図3カンボジア王国シェムリアプ(上; 2004年5月撮影)と中華人民共和国西双版納(下; 2009年8月撮影)の「伝統的な暮らし空間」の相観

図1

図2

図3