水圏研究計画


            東京情報大学総合情報学部   浅沼市男、張 祥光
                                                東京農業大学 谷口旭、塩本明弘、西野康人、朝隈康司

1.水圏グループの全体計画
  水圏グループは、アジア東岸域を代表する環境因子のひとつとして黒潮を捉え、アジア東岸域の環境変動に対する生態系の応答について観測研究を推進する。 黒潮は、台湾と与那国島との間から東シナ海へ流入し、本流は屋久島南方の吐から海峡から太平洋へ流れる。一方で、対馬暖流として日本海へ流入し、北上を続け、津軽海峡から太平洋へ津軽暖流として、そして、宗谷海峡からオホーツク海へ宗谷暖流として流入する。 水圏グループは、これら一連の黒潮の流れの内、東シナ海において長江からの流入水と混合し北上を続ける黒潮と、また、オホーツク海において反時計回りのオホーツク海流と混合する宗谷暖流に注目し、それぞれの海域における生態系との関連性について観測研究を進める。

2.東シナ海における黒潮と生態系
    泥沙公報(長江水利委員会)のデータをもとに作成した長江の流量と懸濁物量の経年変動(図1)に示されるように、2003年の三峡ダムの運用以来、夏季の内陸部の降雨にともなう流量の急激な変動が制御されるようになり、安定した流れとなった。懸濁物量は、三峡ダムの上流側における土砂の堆積により、非常に少なくなってきた。このような人的制御による長江の流量と懸濁物の変化は、東シナ海の生態系に何らかの影響を及ぼすことが予想される。

    これまでの2005から2007年度までのフロンティア2期においては、長江の流量変動と黒潮への影響を評価することを目的に、図2の東シナ海近くの海域に示すように、与那国島沖と屋久島沖の黒潮本流、対馬沖の対馬暖流において、海水の採水調査を実施し、海水の塩分濃度、栄養塩濃度、クロロフィル-a濃度に注目し、解析を進めてきた。この結果、夏季の成層状態と冬季の鉛直混合の盛んな時期とでは、海水の混合状態が大きく異なり、黒潮と長江流入水との混合過程も異なることが推察された。また、黒潮流軸に沿った降水時期と調査のタイミングによっても、長江からの流入水の評価は分かれる。このため、長江流量の安定的な経年変動が期待される中、引き続き、採水調査を実施するとともに、衛星観測データによる解析を継続する。
    また、衛星観測データであるクロロフィル-a濃度分布、海表面温度分布、光合成有効照度分布を利用した基礎生産力の推定を試みてきた。この基礎生産力は、深度方向及び時間方向の基礎生産力を積分するモデルを利用するもので、懸濁物濃度の高い海域においても光合成有効照度の減衰を評価することから、沿岸域から外洋まで、有効な基礎生産力を与える。東シナ海西部の基礎生産力に注目すると、夏季に基礎生産力が増加し、冬季に減少する年1回の周期パターンが明確に示された。しかし、経年変動については、2003年の三峡ダムの運用以降も、毎年同様な基礎生産力を示し、顕著な経年変動が見られなかった。この背景として、現在の衛星観測において、懸濁物濃度の高い海域における大気補正が不完全であることから、クロロフィル-a濃度が正確に与えられていないことが最大の原因と考えられる。このため、中国側の共同研究者の協力を求め、東シナ海沿岸の採水調査と合わせ、クロロフィル-a濃度の精度と基礎生産力について検討を継続する。

3.オホーツク海における宗谷暖流と生態系
   これまでの2005から2007年度までのフロンティア2期においては、オホーツクキャンパスにおけるスカイラジオメータによる太陽直達光観測から、大気中のエーロゾルの季節変動をとらえた。この結果、オホーツク海へ飛来するエーロゾルが植物プランクトンの基礎生産力へ影響を与えるとともに、ホタテの生産へ貢献する可能性を指摘してきた。
    一方で、宗谷暖流は周辺海域と比較し、水温と塩分濃度が高いものの、栄養塩濃度が低く、亜熱帯水系の特質を示し、クロロフィル-a濃度の低いことが報告されている。2008年の塩本らの調査により、宗谷暖流に沿った植物プランクトンのサイズ分画(孔径の異なるフィルタによりサイズ別の植物プランクトンを分離する手法)によるクロロフィル-a濃度分析から、大型の植物プランクトンが沿岸域の基礎生産に大きく貢献することを示した。しかし、黒潮系の亜熱帯水塊では、小型の植物プランクトンが主な基礎生産者であるとの従来の研究報告とは異なる結果となった。  このため、2008年度からの本研究においては、図2のオホーツク海沿岸に示すように、網走沖合の植物プランクトンの分布について、船舶による現地調査と衛星観測データによる多元的観測研究を実施し、宗谷暖流における植物プランクトンの基礎生産力の機構解明を進める。

4.アジア東岸に沿った海域の環境因子とネットワーク
    低緯度海域から高緯度海域へ熱エネルギを運搬する黒潮は、エル・ニーニョあるいはラ・ニーニャのような数年おきの気候変動、あるいは、低緯度海域の魚種の北上、サンゴ礁の生存海域の北上、また気温上昇に見られるような長期的な温暖化傾向に対して、明確な応答を示すと考えられる。この黒潮は、東シナ海からオホーツク海に至る広範な海域において、共通に評価し得る数少ないパラメータの一つである。衛星により観測される海表面温度とクロロフィル-a濃度の空間分布と、海域が限定されるものの現場海域における調査を組み合わせ、それぞれの海域における環境変化と生態系の応答について観測研究を進める。
アジア東岸に沿った海域において、黒潮が適切な環境因子となるか、あるいは、その他の適切な環境因子が存在するか検討が必要である。今後、衛星観測領域を南シナ海まで展開することが可能となることから、南シナ海における海洋現象の変動と中高緯度海域との関連性について、適切な環境因子を見出し、ネットワーク解析へ展開する。