経済・社会グループ
             ベトナムにおける稲作の収量研究



東京情報大学  武井敦夫
東京農業大学  鈴木充夫・新部昭夫
                 畑中勝守・金田憲和


1.ベトナムにおける稲作政策の背景
 ベトナムは1986年のドイモイ政策以来、コメの国内自給を達成しただけではなくコメの輸出を開始した。その結果、2001年からタイに次いで世界第2位のコメ輸出国となった。2005年のコメ輸出量は520万トンを超え、売上高は14億米ドルに達している。しかし、ベトナムのコメセクターにはいくつかの問題が存在している。2005年の全国の平均生産性は480トン/haを超えたが、地域によってはコメ生産性に大きな格差がある。ベトナムのコメ輸出の拠点であるメコンデルタ地域には、生産量が10~12トン/haに達する農家もあるのに対し、山岳・高原または沿海地域には生産量が3トン/haに満たない農家もあり、これらの地域では輸出はおろか食料自給が困難なのである。したがって、ベトナム政府は国内向け食料確保政策の一貫としてコメの価格を安定させるために、コメ輸出量の上限など様々な対策を講じている。また、ベトナムの主要なコメ産地であるメコンデルタは、洪水の影響によって、3期作が2期作に、2期作が1期作になりやすい。これらのことから、コメの成長段階で作付状況、生育状況などの情報を把握することは、ベトナムにとっては重要な課題であると言える。
 本研究グループでは、以上の背景に鑑み、ベトナムにおいてコメ作付面積の変化や収穫量変化を知る上で必要な情報を人工衛星リモートセンシングより取得し、コメ収穫量の変化がベトナム経済や市民生活に与えるインパクトを推計することで、米価安定のための政策決定に資するための情報提供技術を確立することを、グループの共通目的として設定し研究を行っている。

2.研究課題と研究成果
 人工衛星リモートセンシングや現地での実測情報をもとにコメ収量変化を予測し、経済に与えるインパクトを明らかにするため、次のような課題設定を行い、研究を進めている。以下に、それぞれの課題におけるH21年度の実績を報告する。

2-1.メコンデルタ地域のコメの収量予測
 武井・新部

 H21年度は、研究パートナーであるメコンデルタコメ研究所(Cuulong Delta Rice Research Institute)において、グエン・スアン・ライ副所長の協力の下、調査対象の圃場選定と調査項目の調整を行った(2009年8月4日~11日)。また、研究に必要な稲作収量に関する経済データおよび気象データの収集と衛星(MODIS)から得られるNDVIなどのデータを結びつけるための水稲栽培技術関係(作物モデルの関連)データの収集を実施した。なお、現地の農家および研究所の協力を得て、経済、社会、気候関係のデータを継続的に収集することになっている。今後は、これらを分析することによって、地球温暖化が稲作に与える影響に迫ることができる。

2-2.MODIS画像を活用したメコンデルタ地域における作付パターンの自動分類手法の開発
畑中・鈴木

本課題では、人工衛星から得られるマクロ情報から、稲作圃場を抽出しコメ作付面積を簡便に推定する為の技術開発に取り組んでいる。これは、MODISのような空間解像度が比較的低い衛星データにおいて、時間方向の解像度を増やすことで従来よりも効果的に稲作圃場抽出を行い、作付面積の変化を明らかにするものである。
 H21年度の研究では、作付パターンによる稲作圃場自動分類手法の開発における予備的分析として、SPOT衛星より得られた1kmメッシュによるベトナム南部メコンデルタ地域のNDVI時系列データ解析を行った。1次元離散ウェーブレット変換を用いた解析により、水稲1期作、2期作、3期作における波形特徴を抽出し、正準判別関数を用いた圃場分類技術を提案した。その結果、特に80~160日周期および160~320日周期において水稲作圃場のウェーブレットパワー(WP、ウェーブレット係数の二乗)が畑作地や森林などに比べ大きいことを見出し(図1参照)、周波数応答解析により圃場分類が可能であることを確認した。また、抽出した波形特徴を利用し判別分析にて正準判別関数を求め、圃場抽出した(図2)。なお、分類精度検証のため、前出のメコンデルタコメ研究所より土地被服分類に関する調査データを入手する予定であるが、精度検証は未検討であり今後の課題である。


図1 離散ウェーブレット変換にて解析した稲作圃場の特徴抽出(80~160日周期において稲作圃場のWPが高く分類可能なことを示している)


図2 正準判別関数により自動分類した稲作圃場


2-3.ベトナムにおけるコメ経済の定性・計量分析
金田・鈴木

 本課題では、ベトナムのコメ経済について現地調査によって捉えた定性的な特性を参考にしつつ、計量経済モデルを構築する。この計量経済モデルはベトナム・コメ経済の市場メカニズムを再現すると同時に、予測を行うことができる。ベトナムにおけるコメ生産の変動と国際市場に対する輸出行動は、国際コメ市場に大きな影響を及ぼすため、このような計量経済モデルの構築は、国際的にも重要性が高い。さらに、このモデルをMODIS画像によるメコンデルタ地域における作付パターンの自動分類手法(コメの1期作、2期作、3期作の分類)と接合することによって、精度の高い予測を行うことが期待できる。H21年度は、コメ供給関数の推計と現地調査(2009年12月、図3)を実施した。コメ供給関数(コメ作付面積関数)の推定では、ベトナム地域別のコメ作付面積データ、コメ生産者価格データ、コメ輸出価格データによって、コメ作付面積関数の推計を試みた。推定結果によれば、生産者価格に対する農家の反応を示す係数(生産者価格弾力性)の値は有意ではなかった。この理由は、①関数の特定化や変数選択に問題がある、②現実に生産者は価格にあまり反応しない、のどちらかであると結論付けられるが、今後のさらなる検討が必要である。また、輸出価格に対してはt値はやや高めであるが、未だ十分ではなく今後の課題である。

図3 ベトナム・カントー市近郊での現地調査