津波によって被災した海岸林の破壊と再生モニタリング



陸圏グループ 東京情報大学 富田瑞樹・原慶太郎
東北学院大学 平吹喜彦
(株)宮城環境保全研究所 菅野洋

攪乱としての津波


2011年3月11日14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震に続く大規模な津波は,東日本沿岸部に甚大な被害をもたらした.国土地理院が空中写真を用いて分析した結果によると,青森から千葉までの津波による浸水面積は561km2にのぼり,空間的に極めて広大な範囲に影響が及んだことがわかる.一方,今回のような大規模な地震・津波が発生する時間間隔に注目すると,当初はおよそ1000年周期とされていたが,その後の津波堆積物の調査から約600年周期とみなされつつある.生態学的観点に立てば,時間的には稀だが空間的には極めて広大な大規模攪乱と位置付けられる.
一般的に,生態系は不均一に分布し,時間的にも変動している.さまざまな生物的・非生物的要因がその分布や動態に影響するが,攪乱は生態系のあり方を規定するもっとも基本的な要因である.攪乱に対する弾力性(あるいは,回復力やレジリエンス)は生態系ごとに異なると推測され,また,攪乱の強度・頻度・規模によって生態系の応答は大きく異なる.何らかの環境ストレスがはたらいている場合は,生態系の応答が大きく変化することもある.今回の津波による大規模攪乱は,陸域だけに着目しても,砂浜,後背湿地,潟湖,海岸林,水田,屋敷林などのさまざまな生態系に影響を及ぼした.本稿では,こうした砂浜海岸エコトーン(平吹ほか 2011)に内在する多様な生態系のなかでも仙台平野沿岸部に成立した海岸林について報告したい.

被災前の海岸林


マツ(クロマツやアカマツなど)が優占する仙台平野沿岸部の海岸林は,およそ400年前に伊達政宗が命じたクロマツ植林に由来し,その後も造成・維持されて,長きにわたって背後の農耕地や屋敷地を飛砂や潮害から守ってきた.また,これらの生態系調整サービスのみならず,海岸林は,オオタカなどの猛禽類をはじめとする宮城県レッドデータブック掲載種に対しては生息・生育地を,地域住民に対しては柴や緑肥,キノコ狩りの場を提供してきた.一方,近年はマツノザイセンチュウによるマツ枯れ被害が深刻化していた.
仙台市近郊の海岸林は,海岸線に沿った運河(貞山堀)によって海岸側と内陸側に二分されている(図).津波被災前の林分構造や種組成を調査した例は少ないが,井戸浦付近の事例(平吹ほか 2002)によると,樹高1.3m以上の樹木種数は,内陸側で22種(木本ツルを含む),海岸側で2種である.内陸側の林分ではクロマツが優占し,ニセアカシア,ヤマザクラ,ヤマグワ,カスミザクラ,ガマズミなどの落葉広葉樹が続き,ヒサカキやシロダモ,カシ類などの暖地性常緑広葉樹が出現することが特徴的である.仙台平野沿岸部は中間温帯に属し,これら常緑広葉樹の分布北限でもあることから(平吹 2005),地球温暖化に伴う樹木種の移動・分散プロセスを検証するうえでも興味深い森林帯といえる.
内陸側とは対象的に海岸側の林分は,クロマツが極端に優占し,ニセアカシアがわずかに出現するだけの若齢植林で,単純な種組成と構造を示す.樹高分布を比較すると,内陸側では低木層から最大20m弱まで個体が連続する逆J字型の分布形であるのに対し,海岸側では下層個体が存在しない一山型で,最大樹高は5~10m程度である.すなわち,内陸側はより多様な樹種が生育する多層構造の林分,海岸側は種組成も構造も極めて単純な林分である.

被災後の海岸林


津波によって「櫛の歯状」に被災した海岸林の実態と再生を把握するために,2011年5月以降,仙台市北東端の南蒲生において調査を開始した(写真).南蒲生の海岸林は上述した井戸浦付近の海岸林から直線距離で5kmほど離れているが,海岸林の成立過程や隣接地の土地利用状況から,津波以前の種組成や林分構造は両者で類似すると考えられた.
今年度の調査では,図に示した540m×40mのエリアで津波による樹木(地上1.3mの幹直径(胸高直径)が5cmを超える個体)の損傷状況を明らかにし,立地との関係を解析した.樹木の損傷様式については,次の4タイプに区分した:傾倒(根を地中に張ったまま,地上部が物理的に傾いた状態),曲げ折れ(根を地中に張ったまま,幹基部で物理的に折れた状態),根返り(根が地表に表れて,樹体全体が倒伏した状態),流亡(根ごと引き抜かれて,樹体全体が漂流した状態).内陸側と海岸側でそれぞれの損傷様式の出現頻度を比較すると,内陸側(調査総数1113幹)では4タイプ全ての損傷様式が確認されたのに対し,海岸側(調査総数1732幹)ではほとんどが傾倒と曲げ折れで,根返りはごくわずか,流亡は皆無であった.内陸側と海岸側の地盤高を比較すると,内陸側の海岸林はところどころに小湿地が介在する低地盤・後背湿地域に成立しており,海岸側のそれは小砂丘上の高地盤域に成立していた.低地盤・後背湿地域では地下水位が高く,根系の鉛直方向への生長が阻害されるだけでなく,地震直後に液状化が生じたと推察される.内陸側林分における根返りや流亡個体の多発には,こうした微細な立地の差異が影響しているようだ.
また,津波被災から8か月後,生残したマツ(胸高直径が5cm以下の個体)は海岸側にはまったく存在せず,内陸側に限られていた.しかも損傷のない個体は,すべて胸高直径10cm以上でかつ樹高7m以上であった.南蒲生の海岸線に到達した津波の波高は8~9m程度と推定されており,樹冠部が津波で浸水したか否かについては,損傷・非損傷の状況と,立地や地盤高との関係をきちんと説明するうえで考慮しなければならない問題である.海岸植生は津波のエネルギーを減衰させるが,植生の組成と構造がその程度に影響すること(Tanaka 2009),汀線からの距離や地盤高,土地被覆(植生の有無など)が地物の損壊状況に影響すること(Bayas et al. 2011)が報告されている.津波に対する生物的防御効果の高い海岸林を再造成する場合は,より多様な組成と複雑な構造をもつ海岸林を目指すことが肝要であろう.一方,内陸側の海岸林には湿地や乾性草地などの生態系が介在し,さまざまな生物の生息地にもなっている.これらの生態系機能を維持し,さらに相乗効果を育みながら,多様な生態系サービスの恩恵を享受できる「海岸エコトーン マネジメント」のあり方を探ることが重要である.
未曽有と称された攪乱によって林冠層のマツの多くが倒伏し,劇的に変化した環境において,①津波による冠水後の環境でも生存していたマツ実生,サクラ属,コナラ,ハンノキなどの稚樹,内陸・海岸側を問わず繁茂していた外来種のハリエンジュなどがどのように振舞うのか,②背後の平野部から新たな樹種が侵入・定着するのかなど,今後の動態に注意する必要がある.また,これまで飛砂防止・防潮などの調整サービスを提供してきた海岸林の多くが失われたことによって内陸域へどのように影響するかなど不明な点が多い.今後の再造成,あるいは,現状からの再生のためにも海岸林を注意深くモニタリングし,その成果を用いながら順応的に管理していく必要がある.

図.津波被災後の海岸林と南蒲生調査地.紫色の着色部が今年度の調査区.写真中央を縦断する運河は貞山掘で,写真右側が海岸側.Google Earthの画像上に加筆.

写真.内陸側の海岸林における毎木調査の様子.2011年7月22日撮影.