岩手県・宮城県の津波被災地の植生の現況 および保全上の課題



千葉県立中央博物館 原正利

2011年7月20日および22日に,ごく短期ではあるが,今回の東日本大震災の津波被災地(宮古市田老,仙台市東部)の植生の現況を視察する機会があった.今回の災害が沿岸部の植生や生物多様性にどのような影響を及ぼしたのか,情報も少なく不明なままであったが,直接,現地を見ることで,衛星写真では分からない被災の状況について理解が進み,また今後の保全に向けての問題点も感じた.ごく短時間の観察であるし,浅学非才,間違いも多いかもしれないが,ここに速報しておきたい.短期間でありながら,現地を効率よく見られたのは,宮古市在住の大上幹彦さん,湯浅俊行さん,中村致孝さん,盛岡市在住の小水内正明さん,そして本プロジェクトのメンバーでもある東北学院大学の平吹喜彦さんに案内,御教示して頂いたおかげである.ここに感謝します.
情報基盤研究グループは,広域衛星データ(NOAA, MODISデータ)を活用して数理的解析を行い,その結果を情報発信する研究を進めている。研究開発内容としては,研究基盤システムである衛星画像データ解析システムの開発,解析システムの性能を向上させるための高性能コンピューティング技術の研究,MODISデータを利用した災害マップの開発,土地被覆変化の抽出などの数理的解析手法の研究などがある。本報告では,衛星画像データ解析システムSIDAS(Satellite Image Data Analysis System)の開発とMODISデータを活用した研究例として気温変化に関する研究について報告する。

1宮古市田老


青野滝の視察地(N39°46'37.4",E141°59'45.1")は,北側に開いた浅い沢状の岩礁海岸で,もともとはシナノキなどの海岸林やその下部の岩礁植生があった場所である.ここでは,津波は渚線付近で15mくらい,沢奥(渚線より200m)で25mから30m付近にまで到達したと推定される.倒れた樹木は全て海側に倒れていることから,引き波が大きく影響したと考えられる.沢底の部分は土壌が失われ,基盤岩が露出した状態になっていた.渚線付近の海崖の下部は,樹木の生育しない無植生あるいは草本のみの植生となって海に落ち込んでいるが,この部分の上限が,ほぼ津波到達高に相当すると思われた.海岸植生の構成種は,沢筋よりもやや上側の岩上に比較的,多くの種が残存し,エゾスカシユリなど開花している種も見られ,今後,植生遷移が進行し再生していくと思われる.津波は土壌を流し去り岩盤を露出させることで,海岸植物にとって,むしろ新たな再生を促す効果もあるかもしれない.津波は50年~100年くらいの間隔で襲来する自然かく乱の1種であり,海岸部の定常的な地形形成営力としても作用していると思われる.
宮古市沼の浜の視察地(N39°46'24.2",E141°59'16.1")は,青野滝とは異なり,キャンプ場として使用されていた海際の平地である.津波は渚線付近で20mくらい,沢奥では未確認だが30m以上に達していると推定される.渚線に沿って通っていた自動車道路は完全に破壊されたが,元々,キャンプ場に接してあった沼は残存し,ヨシが再生していた.津波をかぶったスギ,アカマツは全て枯死しているが,落葉期にあった広葉樹は生存し葉を開いていた.キャンプ場の炊事場の隣にあったケヤキは,地上1.5mほどで幹が折れ,物凄い力がかかったことがわかるが,すぐ下にキャンプ場の芝地が断片的に残されていた.ハマナスやハマヒルガオなどの砂浜植物も生存していた.  このように岩礁海岸では,津波が直接ぶつかることにより斜面が壊された場所では,そこに生育していた植物が失われるなどの影響はあるとしても,総じて,津波自体が,定期的に生じるかく乱の1種であり,植生はそれに対する耐性を有し,今後,再生が進むのではないかと推定された.しかし,三陸海岸域においても,失われた貴重な植物や植生も多くあるはずで,さらに調査が必要である.

2仙台市東部の沖積平野


仙台平野では非常に広い範囲が津波に襲われ,多くの人命が失われた.現在,被災地のガレキ撤去はほぼ終了し,その処理が進められつつある.海岸部にあった堤防の多くも破損し,また海岸沿いに細長く分布していたマツ林も多くが失われた. しかし,マツ林は多少なりとも残された場所があり(南蒲生,N38°14'05.4",E140°59'29.1"),本プロジェクトの研究費を活用して,海岸から内陸に向けての帯状調査区が設置され植生回復のモニタリングが開始されている.ここでは,砂をたぶん10cm前後かぶっている場所が多いものの,元々の地形は比較的,保存されているようである.入り組んだように分布する湿地ではヨシが再生しつつあった.林床を見ると砂をかぶりながらも元々のマツ林の林床植物が再生してきており,その中には宮城県のRDBにも登録されている,やや乾性な立地を含む草原性の植物が含まれるようである.思いのほか多くの種が生き残っている可能性があり,今後,植物相全般についての調査が必要である.
一方,最前面に位置する砂浜は,えん堤などの構造物が破壊されたことにより,砂の動きが活発化し,ある意味で本来の姿に戻った感じのように思われる.本来の砂浜植物は散布体の分散力も高く,耐砂や塩分に対する耐性も高いので再生する種が多いと思われる.  最大の問題点は,マツ林であった場所の多くがガレキの一時置き場や処理場建設,埋め立て処理の場所として,どんどん転用,開発されていきつつあることである.ガレキ置き場に転用可能な最も身近な公有地としては,マツ林のあった場所しか無いことが多いので止むを得ない面も多いが,このことにより,後背地のマツ林の下層に生育していた草原性の植物や,後背湿地の湿性植物が急速に失われつつあるのではないかと懸念される.これらの中には貴重種も多いはずである.マツ林などの残存植生は,今後の植生保全・復元上,在来種のジーンバンクとしても重要なはずである.このような後背地は,植物だけでなく昆虫や淡水生物の生息地としても重要であろう.  また,ハリエンジュなど外来種の繁茂,侵入も今後,大きな問題となると推定される.実際,今回もハリエンジュの根萌芽シュートが多数,発生しているのが見られ.元々,侵入していたのであろうが,マツが枯れたり密度が低下したりして明るくなっており,放置するとあっという間に繁茂してしまう可能性があります.在来の貴重種を含む植生を守るということと表裏一帯の取り組みとして外来種への取り組みが必要であろう.

図1.青野滝.沢筋の斜面を覆っていたと考えられるシナノキなどの低木林は,津波を受けた部分は,引き波により刈り取ったように失われている.沢底の部分は土壌が失われ,基盤岩が露出した状態になっている.正面の沢奥まで津波は到達した.

図2.青野滝.エゾスカシユリなど海崖の植物は,渚線から水平距離で10mほどの岩上にも残存していた.

図3.南蒲生.調査区を設置してある仙台市南蒲生の残存マツ林.マツは全て内陸側に倒されている.

図4.藤塚(N38°10'53.9",E140°57'23.5")から閑上方向を望む.奥に見えるのはガレキの山.中央を走るのは貞山堀.

図5.閑上付近(N38°09'51",E140°57'18").津波によって倒されたクロマツ林.再生中のハリエンジュ.