気象ネットワークダイナミクスが捕らえたエルーニョ現象 Ⅱ
東京情報大学総合情報学部 山崎 和子 櫻井 尚子 吉澤 康介 藤原 丈史 鄭澤 Xiang Gao
はじめに
前号までのクロスローズで以下のような報告をした。
遠く太平洋赤道上で起こるエルニーニョの影響が日本にも及ぶことはよく知られているが、このような気象の遠隔作用
(テレコネクション)は各地に見られ、異常気象と深く関係している。それらは、大気の非常に長波長でゆっくりした
振動である南方振動、北大西洋振動などや、海洋の大規模な循環の結合によって起こると言われている。それらに注目
し、地球上の気象を振動するノードが結合したネットワークと捉える。
図2のような地球上の格子点をノードとして、その地点の温度や気圧について、ノード間の相関による気象ネットワーク
を作ってその性質を調べた。そして、エルニーニョなどの大きな気象変化がネットワークによってどのように捕らえられるか
、あるいは、気象変化が起きた時、リンクがどのようなダイナミクスを示すかについて研究を行った。
特にエルニーニョの期間に海面温度の上昇がみられる地図上の濃い長方形の領域(NINO3.4、これよりエルニーニョ域と呼ぶ)
から遠くはなれた領域でも、エルニーニョの期間にリンクの数の落ち込みが見られる。エルニーニョにより地球上の各地で
(約6000メートルの上空でも)、たとえ平均気温は影響を受けなくても気温のネットワークは大きな影響を受けていることが
解った。しかし、エルニーニョの期間にネットワークのリンクが弱まることは、この期間に各地で異常気象が頻発することと
一見矛盾しているように見える。これを解明するために、以下のような分析を行った。
方法
一般に2地点の気象データ間には、時間遅れを伴う影響が見られる。我々は、これを捕らえるために、リンクの強さを、
2地点で時間のずれを持つ相関を計算し、特定の時間遅れを伴う相関が通常の相関よりどの位大きいかをリンクの強さとした。
したがって、各リンクは、リンクの強さの他に、時間遅れを持つ。これを有効重み付きネットワークとして分析を行った。
図3は各ノード(図の黒点)に入方向のリンクの重みの合計(in-weighted degree of nodes)を表す。(a)は通常の期間、(b)は
エルニーニョが起きている期間の図である。エルニーニョ期間中は、エルニーニョ域(大きい黒点で表されたノード)で強さが
弱まっていることがわかる。これは、前回の分析の結果、「エルニーニョの期間にネットワークのリンクが弱まる」が
主に入方向のリンクの強さが弱まることから生じていることを表す。
図4は、エルニーニョ域外のノードにおいて、そのノードからエルニーニョ域に入方向のリンクの強さの和(赤ライン)と逆方向の
リンクの強さの和(黒ライン)が2.5より小さいノードの数を年ごとに示す。青ラインは、エルニーニョ指標の1つである、NINO3.4
における海面温度の平均を表し、上下2本の破線は、それぞれエルニーニョ(ラニャニャ)期間となる下限(上限)を示す。
エルニーニョ期間には、エルニーニョ域への影響を弱めたエルニーニョ域外のノードの数(赤ライン)が多くなっていることがわかる。
それは、エルニーニョ期間には、エルニーニョ域が、他の地域から影響をうけずに自律系として振る舞う傾向があることを表す。
さらに図4の一部を拡大した図5を見ると、エルニーニョ期間にエルニーニョ域が自律系として振る舞い始める少し前に、エルニーニョ域
から域外のノードへの影響が弱くなったノードの数が増えていることわかる。
これをはっきり見るために、図4の赤ラインと黒ラインの共分散をとったものを図6に示す。ラインの色の違いは、図4において閾値以下の
ノードの数を計算しているため閾値の違いを示す。それによると、図5におけるタイムラグは約3ヶ月であることがわかる。
結論
エルニーニョの期間に気象ネットワークのリンクが弱まることを更に詳しく調べた。エルニーニョ期間が始まる頃に、まずエルニーニョ域から
外向きのリンクが弱まるが、少しおいて(約3カ月の後)、それが回復すると共に今度はエルニーニョ域への内向きのリンクが明らかに弱まることが
解った。つまり、エルニーニョ域は、エルニーニョ期間中(初期の頃を除いて)、外部からの影響を受けずに外部へ影響を及ぼす「自律系」のように
振る舞うということが明らかになった。エルニーニョ域は「地球のへそ」と呼ばれ地球全体の気象へ特異な影響を及ぼすことは知られていた。
ネットワークを使うことで「自律系」という視点で捉えることができた。今後は、それを基にモデルを作って研究することが可能である。
以上のような解析は、様々な気象現象に対して、各地点での気象データの類似性をネットワークを通して見るという統一された方法を与える。
この一連の研究は、Physical Review Letterなどに掲載され、この研究に関して共著者のインタビューが英科学雑誌New Scientistに掲載された。