持続可能な東アジア(Sustainable East Asia)をめざして



東京情報大学総合情報学部長

原慶太郎




 「地球環境が有限であるという認識が世界的に広まったのは、1972年、メドウズらによるローマクラブの「成長の限界」が公表されたことが大きな契機となった。それから20年後の1992年、ブラジルのリオ・デジャネイロで開催された国連環境開発会議(UNCED,通称「リオ・サミット」)では、「持続可能な発展(sustainable development)」が主要課題として掲げられた。公害などの地域的な環境問題が、地球温暖化や海洋汚染の問題のように国境を越えて地球規模に拡大し、このままの状態では地球全体の健全な状態が保てなくなるという危機感から、来るべき21世紀を見据えて「地球環境問題」という枠組みで世界が協調して問題解決に当たる重要性が強く主張された。

 この「持続可能な発展」という言葉は、国連の「環境と開発に関する世界委員会」(ブルントラント委員会)が、1987年に発行した最終報告書“Our Common Future”の中で、地球環境と資源の有限性を鑑みて打ち出された概念である。この概念が出された当初は、一部の生態学者からは、有限な地球環境において持続可能な発展などあり得なく、環境資源の「賢明な利用(wise use)」の方が適切であるという指摘がなされ、現在もその立場をとる者も少なくない。しかし、「持続可能な発展」がUNCEDでの大きなテーマとなり、その後の環境政策の揺るぎない中心概念になった感がある。

 新しい文科省の私立大学支援事業である「戦略的研究基盤形成支援事業」に本学の「アジア東岸域の環境圏とそれに依存する経済・社会圏の持続的発展のための総合研究」が採択され、昨年度(平成20年度)から研究が始まった。環境の適正な管理には、正確な情報に基づく的確な意思決定が重要である。NASAは、MODISプロジェクト(EOS計画)の大きな目的として、政策決定者に正確な情報を提供することを挙げている。今期のプロジェクトでは東アジアの経済・社会圏の持続的発展に寄与することを目的として掲げている。MODISデータの受信は2000年からすでに10年近くに及び、今年度からは北海道の東京農業大学網走キャンパスと同宮古島亜熱帯農場にも受信アンテナを設置し、東アジアの陸と海の広範囲に亘る環境情報の取得とアーカイブが可能になった。そのデータを実際の経済・社会圏の研究に活かすことが強く求められている。

 アジア東部は大陸東岸に位置し、モンスーン気候によって多湿な環境が形成されている。大量の降雨は、山地から小河川を流れ、温暖な地域では途中に「水田」を経由しながら、黄河や長江(揚子江)などの大河となって海洋に至る。長江中流域で今から1万年以上前に始まったとされる水田耕作は、この地域の大量の人口を支え、経済・社会圏を発展させる大きな基盤となった。山地から流れ込む栄養塩類に富んだ水は、水田を潤すとともに蓄積した有害物質を流出させて、毎年の耕作(輪作)が可能となるという、世界でも非常に特異な農業を成立させた。まさに、持続可能な穀物生産である。また、海洋に流れ込んだ河川の水は、海流による地球規模の大循環のなかに様々な栄養塩類を供給し、沿岸での漁業という恵みをもたらしてきた。

 東アジアでは、大陸とカムチャッカ半島と千島(クリル)列島、日本列島、南西諸島、そしてフィリピン諸島などに囲まれて、オホーツク海から日本海、東シナ海、南シナ海が続いている。この流域と海域を一体として環境圏の自然的構造を明らかにし、それに依存する経済・社会圏の持続的発展の在り方を示すことが、今期戦略基盤研究の大きなミッションであろう。この地域には、また、人口の多寡や経済的発展に関して、大きな地域差がみられる。たとえば、現在大きな経済発展を遂げている中国では、東部沿岸地方から内陸という経度と、省ごとに、省都から地方への経度が複層的に内在している。自然環境も熱帯から亜寒帯まで多様であり、そこに多くの少数民族を含む多様な文化が形成されている。東アジアという地理的そして歴史的な特徴をもった地域が持続的に発展する方途は何なのか。その答えを出すことは決して容易なことではないが、第一期フロンティア・プロジェクトからの知の蓄積によって、その端緒を示すことができればと考えている。

 筆者の専門とする立場から、この糸口を提示してこの巻頭言を終わりにしたい。持続的発展とは、地域の環境資源の潜在能を見極めつつ、可能な限り資源を循環させながら環境に対する負荷を少なくして社会を回していくことであろう。各地域には、その自然的・社会的背景によって多様な生態系が成立している。我々の食糧である農作物や水産物は、この生態系から得られる恵みである。そしてこの生態系の保持には多様な生物相が織りなすネットワークが不可欠である。この生物相とそのつながりは「生物多様性」という言葉で代表される。1980年代後半に打ち出された生物学の概念である。多様な生物と無機物からなる生態系がもたらす恵みを適度に利用することこそが、地域の持続的発展に繋がるものと確信する。蓄積されたMODISデータ駆使し、この概念を取り入れた新しい指標づくりが第一段階の成果なるのではないだろうか。メンバー諸氏の「知」とその総合化を期待したい。